前回のつづきです。
もし今、商売が低迷しているのであれば、その原因は、この不況のせいなのか。
もしかすると、自分でも気づかないうちに「マナーの悪いゴルフ」をしてきたのかもしれません。
かつて業績が良かった頃と今との違いは何なのか。
時代背景や景気の波だけが本当の原因なのでしょうか。
そこで「商売に対する情熱は?
フットワークの軽快さは?
目標設定の具体性は?
周囲への感謝は?」と自問してください。
一生懸命に仕事をしている「つもり」になっていないでしょうか。
万が一にもそうであるなら、「つもり」を改め、自分に一鞭入れることでパフォーマンスは確実に向上するはずです。
そして、これに気づいているライバル会社は、ごく僅かです。
まだまだチャンスは転がっています。
「つもり」から脱却しましょう。
ささっとネットで検索をして、知ってるつもり、見たつもり、行ったつもり、やってるつもり、そして考えたつもり。
そんな「つもり」が積み重なると、すべての思考(深く考える力)が停止してしまいます。
たとえば、ひとつにゴルフ。
打ちっぱなしに通い詰めて、ひたすらクラブを振るだけではテクニックは身についてもマナーは身につきません。
マナーは心構えであり精神力でもあります。
たとえ技術が向上しても、それだけではゴルフを「やってるつもり」に過ぎません。
だから、スコアも思うようには伸びません。
仮にスコアが良かったとしても、マナーの悪いゴルフであれば、きっと誰も「あの人はゴルフが上手い」とは認めてはくれないでしょう。
そして、商売や経営に関するノウハウ本も「つもり」人口を増加させました。
また、クレーマーを想定した過剰なほどに丁重な日本のサービスも、私たちから考える力を奪っていきます。
だから、深く考えましょう。
後半につづきます。
前回の続きです・・・
本人も「運良く生き残れたから、後付けで言ってい
るのかも」と少し自嘲気味におちゃらけます。
それでも、彼だけが生き残ったのは事実です。
そして彼は、生死の狭間を行き交うような漂流生活
を体験し、その漂流で大事な仲間を5人も亡くしな
がら、いまだにヨットで海に出ます。
当時の出来事がフラッシュバックのように蘇り、そ
のときの恐怖で心臓が破裂しそうなほど胸が苦しく
なっても、「まだやれる」という気持ちが折れない
限りヨットを手放すつもりはないと言います。
巷には、「不景気」という海で漂流している多くの
経営者がいます。
「希望」などという精神論は聞き飽きたかもしれま
せんが、事態が深刻なときほどシンプルな発想が必
要となります。
人間には、飛んでいる鳥を素手で捕まえられるほど
の底力があるのですから。
今回はこんなお話です。
その男性と仲間5人を乗せたヨットは、日本を出てすぐに難破しました。
積んであった食べ物が底を尽いた後は、時々ヨットに近寄ってくる魚やヨットの近くまで飛んでくる鳥を、素手で捕まえては生のまま食べたそうです。
そんな漂流生活が1ヶ月間ほど続いたとき、たまたま近くを通りかかった船に助けられたのはその男性だけで、仲間5人はすでに海の底に葬られた後でした。
「なぜ自分だけが助かったのか」生き残った男性は、繰り返し考えたそうです。
自分は、仲間たちより体力があったのかもしれない。
いや、単に運が良かっただけなのか。
それとも自分にはまだ生きてやるべきことが残っており、神様が生かしてくださったのか――。
何度も何度もいろいろなことを考えてみたけれど、結局最後には、いつも同じ答えに行き着いてしまうのだと言います。
「『もうダメだ…』と思った人から死んでいった。
最後まで希望を捨てなかった自分だけが助かった」まるで映画のような出来過ぎたセリフです。
後半に続きます・・・・
更新が遅くなりましたが前回のつづきです。
崩壊した企業に共通していたのは“上限”はあっても“下限”はなかったことです。
彼らの目的は、上限に達することであり、そのためには手段を選びませんでした。
つまり「それだけは、やってはならぬ」という下限の線引きをしなかったために企業モラルが崩壊し、商売に対する誇りも、経営者自身の誇りも見失った果てに砂上の楼閣となったのです。
今のような不況が続くと、企業モラルや商売の品格などは二の次だと考える経営者がいてもおかしくはありません。
しかし、数多くの崩壊劇が物語っています。12個分の材料で13個のパンを焼くことは「割に合わないこと」だと。
そこで、ベイカーズダズンの甘い誘惑に負けないよう、今すぐ商売の下限を設定しましょう。
「それだけは、やってはならぬ」という下限の線引きをした上で、目標に向かってどんどん進んで行く。
それが本来の商売の基本であり、人としてのあり方でもあろうと思います。
今回はこんなお話です・・・
「1ダース」といえば普通は12個(本)ですが、パン屋の1ダースは13個。
これを「ベイカーズダズン(baker's dozen)」と言います。
かつてパン屋には、うっかり数が不足した場合のクレームを防ぐ策として、あらかじめパンを1個多く作っておく習慣がありました。
ベイカーズダズンはそこから来た言葉で、ビジネスの世界では職業倫理を説く警戒としても使われます。
パン屋が12個分の材料で13個のパンを焼いて商人に卸し、水増しした分のパンで商人を儲けさせると注文が増え、結果としてパン屋も儲かる。
しかし商売人は、そんな誘惑に乗ってはいけない――。
ベイカーズダズンにはそんな自戒の意味が込められているようです。
ブームになった「品格」という言葉で言い替えれば、ベイカーズダズンとは、企業の、商売の、社長の品格を問う姿勢とも言えます。
過去、自分の利益を最優先した企業の崩壊劇を私たちはいくつも目にしました。
後半に続きます・・・
更新が遅くなりました。
前回の続きです・・・
しかし、社長は「このままだと、自分がなまくらなばかりに社員という素材の良さを台無しにしてしまう」と焦っていました。
いくら不況とはいえ、利益が出ている会社も多くあります。
「そのような会社と我が社との違う点は、社長の判断能力と行動範囲の差だけ」と社長は言いました。
この社長の考え方が、この会社にどう影響したのかは言うまでもないでしょう。
なまくらには「意気地がない」という意味もあります。
意気地とは、事をやり遂げようとする気力。
社員を守るという責務を完遂しようとした社長は、決してなまくらなんかではありません。
包丁の切れ味を復活させるのは砥石です。
ならば、社長にとっての砥石とは何か。
それは、社員です。
社長と社員が互いに切磋琢磨し、切れ味がもっと良くなれば会社の業績も確実に伸びるでしょう。
なにより、社長の言葉に最後まで耳を傾け、喜んで
「めざしを食べます」と言ってくれた社員が、将来の利益の源泉なのです。
または、その刃物自体のことを「なまくら」と言います。
切れ味の悪い包丁は、2つの意味で危険です。
1つは素材の良さを殺してしまうこと。
もう1つは調理人をイライラさせること。
調理人のストレスは、間違いなく料理の味に悪影響を及ぼします。
この歴史的な不況の中、ある社長が朝礼で社員全員を前にして言いました。
「今まで秋刀魚を食べていた人は、これからめざしを食べてください」と。
すでに週休3日を実施している上に、さらに給与をカットするという、社員にとっては死活問題とも言える非常事態宣言です。
会社の現状を考えれば、社員とて給与カットもやむを得ないだろうと感じていたかもしれません。
社長は「必ず、また秋刀魚が食べられるようにします。
それまでの間、私と一緒にめざしを食べてください」と言ったのです。
何とか保っていた社員のやる気だけは維持したい。
その一心で全社員を前に頭を下げました。
経営が厳しいのはどの会社も同じです。
後半に続きます・・・・
前回の続きです・・・
素人判断でも辻井さんのピアノは確かに「内なる声」でした。
コンクールでの演奏の出来ばえを訊かれ、「100点でした」と答えた笑顔からそれがうかがえます。
快挙と称えるなら、まずはその点ではないでしょうか。
相変わらずの不景気に多くの経営者が嘆いています。
経済全体が低迷しているのだから自分の会社だけが頑張っても仕方ないと、頭の上を嵐が通り過ぎるのを待っています。
とはいえ強風に耐えられるのはレンガの家だけで、藁や木の枝の家は吹き飛んでしまうかもしれません。
そこで「うちの会社は藁の家だ」と両手を上げたらおしまいですが、「うちの会社はレンガの家だ」と慢心すれば、残念な結果になったアメリカの自動車業界とまったく同じ道をたどることでしょう。
こんな時代に全天候型の商売のヒントがあるとしたら、今できることを今やるだけです。
「やってるつもり」ではなく、「100点でした」と言えるまでブラビッシモでやることです。
規模こそ違え過去にも嵐はありました。
それを耐え抜いた経験による「内なる声」こそが、不況の今、使える商売のヒントだろうと思います。



